「リーが結婚したんだってね」 ジョージに突然そう言われて、一瞬言葉を失う。 だがホグワーツ時代のクラスメイトであったリー・ジョーダンが結婚した、という情報自体は、大した問題ではなかった。 ただ、それを口にしたジョージの表情があまりにも切なげで、は言葉に詰まった。 何故そんな話をするのか。 こうしてわざわざ呼び出してまでする話ではないだろう、そう思っては困惑する。 そんなの様子を感じ取ったのか、ジョージは苦笑しながら振り向いた。 その瞬間、夕日にジョージの顔が翳る。 それを見た途端に、あの日の記憶がデジャヴした。 そう、忘れもしない、あの日の記憶が。 * あれはもう何年も前のことだ。 ちょうど今日のように夕日の綺麗な時刻だった。 クィディッチのグラウンド、その中心にジョージが立っていた。 その横顔はどこか淋しそうで。 まるでその日の試合の結果を表しているようにも見えた。 相手はスリザリンだった。 ジョージはよく動いた。 事実最後の最後でファインプレーをしたくらいだ。 だがクィディッチというスポーツは団体戦であり、常に何が起こるかわからない。 結局グリフィンドールはスリザリンに追いつけず、試合は終了となった。 惜しい試合だった。 勝てるとも思った。 だが内容はどうあれ、負けは負けだった。 たとえ良い試合をしたとしても、勝たなくては先へ進めない。 勝てば進める道、負ければ絶たれる道。 スポーツというものは常に単純明快であり、それ故に残酷だ。 その残酷さが今、ジョージに重く圧し掛かっている。 そう思うと、は声をかけるのを躊躇った。 選手でもない自分が、安易な言葉をかけるべきではない。 きっと同じ立場にならなければ、ジョージの気持ちはわからないのだろう。 このまま立ち去った方が良い、そう思って踵を返す。 その直後、背後から声をかけられた。 「――」 ジョージの声だった。 はゆっくりと振り返る。 そこにはどこか哀愁を湛えたジョージが、ただこちらを見つめながら立っていた。 ツキリ、と胸のどこかが痛む。 何か言わなくては。 しかし、何を言えばいいのか。 何も出来ない自分が不甲斐なくて、辛い。 「ジ、ジョージ君……」 そうしてやっと口から出てきたのは、情けなく震えた声だった。 それに少しも気にした素振りを見せず、ジョージが微笑む。 「ありがとう!見に来て、くれたんだろ?」 「う、うん……」 「ごめんな、勝てなくて」 そう言って、ジョージが力なく微笑む。 その表情は、どこか泣きそうにも見えた。 「……僕、格好悪いなぁ」 「そ、そんなことないよ!格好良かったよ!!」 「……ありがとう」 そっと、ジョージにタオルを手渡す。 ジョージは無言でそれを受け取ると、素早く顔に押し付けた。 ジョージらしくないその行動はきっと、キラリと光った涙のため。 はそれに気がついてしまって、どうしようもない切なさに襲われた。 だんだんと視界が滲んでくる。 ――泣くな。 本当に辛いのは、悲しいのは、ジョージの方なのだから。 自分なんかが泣いていいはずがない。 そう思って必死に涙を押し殺そうとするが、その意思とは逆に涙は怒涛のように押し寄せてくる。 ついには堪え切れず、ポロリと一筋の涙が零れ落ちた。 は慌てて隠そうとするが、ジョージがそれに気がついてしまう。 一瞬ジョージの顔が歪むと、次の瞬間は思い切り抱き寄せられた。 「……ジョージく……っ」 「僕らのために、泣いてくれるんだね」 「ご、ごめ…」 「さんきゅ、。ついでにこのまま、肩も貸してくれない?」 が返事をする前にジョージは肩口に顔を押し付けてきた。 時折、断絶的な咽び声が聞こえてきて、も更に切なくなる。 広いグラウンドに、二人の男女の咽び泣く声が響き渡った。 そうしてどれだけの時間が経っただろうか。 二人の泣き声が止んだ頃、ジョージがおもむろに顔を上げた。 「悪いね、。付き合ってくれてありがと。そろそろ帰ろっか。日も暮れちゃうし」 そうして踵を返すジョージの裾を、は無意識のうちに掴んだ。 ジョージが不思議そうな表情でを見やる。 それに気がついて、は慌てて裾を離した。 ――なんで。 無意識の内の自分の行動に、自分で驚いてしまう。 だが、その理由はすぐにわかってしまった。 身体にまだ、ジョージの温もりが残っている。 知ってしまったのだ、この身体が。 ジョージの温もりを、しっかりと。 「……すき」 ぽろりと零れた言葉は、またしても意識しないところから出てきた。 けれど、不思議と動揺はなかった。 むしろ動揺していたのはジョージの方だったかもしれない。 振り向いたジョージの顔が、夕日で翳って見える。 ジョージは一瞬目を見開いて、次いで何かを堪えるかのような表情をすると、ゆっくりと口を開いた。 「――ごめん」 それきりだった。 それきり、二人が接触することはなかったというのに。 なぜ自分は今こうして、ジョージに呼び出されているのだろうか。 なぜこうして言葉を交わしているのだろうか。 もう再び触れ合うことなどないと思っていたのに、どうして。 「……リーが結婚したって聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ」 再び、ジョーダンの名を出される。 それには怪訝そうな顔をした。 ジョージが苦笑して、続ける。 「リーってあの頃、僕と仲が良かったんだよね」 「……うん」 確かに、そうだった。 同じグリフィンドール生でよくつるんでいたから、印象に残っている。 けれど、やはり今の状況とその言動が結びつかなかった。 「でさ、リーにあの頃、相談されてたんだ」 「相談?」 「うん。『が好きなんだけどどうしたらいいか』って」 その言葉には目を見開く。 ジョージは苦笑しながら言葉を続けた。 「リーを裏切りたくなくて、あの時のの告白を断った。……僕も同じ気持ちだったのにな」 その言葉に、はギュッと拳を握る。 そうして、感情のままに言葉を発した。 「……ひどいよ」 「ごめん」 「私、すごく傷ついたのに」 「うん」 「すごく傷ついて、あの後も忘れられなくて」 「……うん」 「それで」 は顔を上げる。 その瞳には涙が溜まっていた。 「今も、好き」 時が、止まったような気がした。 まるであの日のやり直しをしているかのような。 嬉しくて、切なくて、ジョージは感情のままにを抱き寄せる。 数年振りに抱いた身体は思っていたよりもずっと細くて、壊れてしまうのではないかと思った。 「好きだ、。いや、……」 「うん、私も」 「好きだ」 感じる身体の感触もあの日よりずっと大人になっていて、数年の時を嫌でも思い知らされる。 けれど。 触れた先から伝わってくる温もりは、あの日の記憶と変わりないものだった。 (今度こそ離さないと、誓おう) 『HP DREAM FESTIVAL』様に提出しました。 |