「リーが結婚したんだってね」


ジョージに突然そう言われて、一瞬言葉を失う。

だがホグワーツ時代のクラスメイトであったリー・ジョーダンが結婚した、という情報自体は、大した問題ではなかった。

ただ、それを口にしたジョージの表情があまりにも切なげで、は言葉に詰まった。

何故そんな話をするのか。

こうしてわざわざ呼び出してまでする話ではないだろう、そう思っては困惑する。

そんなの様子を感じ取ったのか、ジョージは苦笑しながら振り向いた。

その瞬間、夕日にジョージの顔が翳る。

それを見た途端に、あの日の記憶がデジャヴした。

そう、忘れもしない、あの日の記憶が。











あれはもう何年も前のことだ。

ちょうど今日のように夕日の綺麗な時刻だった。

クィディッチのグラウンド、その中心にジョージが立っていた。

その横顔はどこか淋しそうで。

まるでその日の試合の結果を表しているようにも見えた。

相手はスリザリンだった。

ジョージはよく動いた。

事実最後の最後でファインプレーをしたくらいだ。

だがクィディッチというスポーツは団体戦であり、常に何が起こるかわからない。

結局グリフィンドールはスリザリンに追いつけず、試合は終了となった。

惜しい試合だった。

勝てるとも思った。

だが内容はどうあれ、負けは負けだった。

たとえ良い試合をしたとしても、勝たなくては先へ進めない。

勝てば進める道、負ければ絶たれる道。

スポーツというものは常に単純明快であり、それ故に残酷だ。

その残酷さが今、ジョージに重く圧し掛かっている。

そう思うと、は声をかけるのを躊躇った。

選手でもない自分が、安易な言葉をかけるべきではない。

きっと同じ立場にならなければ、ジョージの気持ちはわからないのだろう。

このまま立ち去った方が良い、そう思って踵を返す。

その直後、背後から声をかけられた。


「――


ジョージの声だった。

はゆっくりと振り返る。

そこにはどこか哀愁を湛えたジョージが、ただこちらを見つめながら立っていた。

ツキリ、と胸のどこかが痛む。

何か言わなくては。

しかし、何を言えばいいのか。

何も出来ない自分が不甲斐なくて、辛い。


「ジ、ジョージ君……」


そうしてやっと口から出てきたのは、情けなく震えた声だった。

それに少しも気にした素振りを見せず、ジョージが微笑む。


「ありがとう!見に来て、くれたんだろ?」

「う、うん……」

「ごめんな、勝てなくて」


そう言って、ジョージが力なく微笑む。

その表情は、どこか泣きそうにも見えた。


「……僕、格好悪いなぁ」

「そ、そんなことないよ!格好良かったよ!!」

「……ありがとう」


そっと、ジョージにタオルを手渡す。

ジョージは無言でそれを受け取ると、素早く顔に押し付けた。

ジョージらしくないその行動はきっと、キラリと光った涙のため。

はそれに気がついてしまって、どうしようもない切なさに襲われた。

だんだんと視界が滲んでくる。


――泣くな。


本当に辛いのは、悲しいのは、ジョージの方なのだから。

自分なんかが泣いていいはずがない。

そう思って必死に涙を押し殺そうとするが、その意思とは逆に涙は怒涛のように押し寄せてくる。

ついには堪え切れず、ポロリと一筋の涙が零れ落ちた。

は慌てて隠そうとするが、ジョージがそれに気がついてしまう。

一瞬ジョージの顔が歪むと、次の瞬間は思い切り抱き寄せられた。


「……ジョージく……っ」

「僕らのために、泣いてくれるんだね」

「ご、ごめ…」

「さんきゅ、。ついでにこのまま、肩も貸してくれない?」


が返事をする前にジョージは肩口に顔を押し付けてきた。

時折、断絶的な咽び声が聞こえてきて、も更に切なくなる。

広いグラウンドに、二人の男女の咽び泣く声が響き渡った。

そうしてどれだけの時間が経っただろうか。

二人の泣き声が止んだ頃、ジョージがおもむろに顔を上げた。


「悪いね、。付き合ってくれてありがと。そろそろ帰ろっか。日も暮れちゃうし」


そうして踵を返すジョージの裾を、は無意識のうちに掴んだ。

ジョージが不思議そうな表情でを見やる。

それに気がついて、は慌てて裾を離した。


――なんで。


無意識の内の自分の行動に、自分で驚いてしまう。

だが、その理由はすぐにわかってしまった。

身体にまだ、ジョージの温もりが残っている。

知ってしまったのだ、この身体が。

ジョージの温もりを、しっかりと。


「……すき」


ぽろりと零れた言葉は、またしても意識しないところから出てきた。

けれど、不思議と動揺はなかった。

むしろ動揺していたのはジョージの方だったかもしれない。

振り向いたジョージの顔が、夕日で翳って見える。

ジョージは一瞬目を見開いて、次いで何かを堪えるかのような表情をすると、ゆっくりと口を開いた。


「――ごめん」


それきりだった。

それきり、二人が接触することはなかったというのに。

なぜ自分は今こうして、ジョージに呼び出されているのだろうか。

なぜこうして言葉を交わしているのだろうか。

もう再び触れ合うことなどないと思っていたのに、どうして。


「……リーが結婚したって聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ」


再び、ジョーダンの名を出される。

それには怪訝そうな顔をした。

ジョージが苦笑して、続ける。


「リーってあの頃、僕と仲が良かったんだよね」

「……うん」


確かに、そうだった。

同じグリフィンドール生でよくつるんでいたから、印象に残っている。

けれど、やはり今の状況とその言動が結びつかなかった。


「でさ、リーにあの頃、相談されてたんだ」

「相談?」

「うん。『が好きなんだけどどうしたらいいか』って」


その言葉には目を見開く。

ジョージは苦笑しながら言葉を続けた。


「リーを裏切りたくなくて、あの時のの告白を断った。……僕も同じ気持ちだったのにな」


その言葉に、はギュッと拳を握る。

そうして、感情のままに言葉を発した。


「……ひどいよ」

「ごめん」

「私、すごく傷ついたのに」

「うん」

「すごく傷ついて、あの後も忘れられなくて」

「……うん」

「それで」


は顔を上げる。

その瞳には涙が溜まっていた。


「今も、好き」


時が、止まったような気がした。

まるであの日のやり直しをしているかのような。

嬉しくて、切なくて、ジョージは感情のままにを抱き寄せる。

数年振りに抱いた身体は思っていたよりもずっと細くて、壊れてしまうのではないかと思った。


「好きだ、。いや、……」

「うん、私も」

「好きだ」


感じる身体の感触もあの日よりずっと大人になっていて、数年の時を嫌でも思い知らされる。

けれど。

触れた先から伝わってくる温もりは、あの日の記憶と変わりないものだった。





















触れ合う想いをもう一度

(今度こそ離さないと、誓おう)













『HP DREAM FESTIVAL』様に提出しました。
切ない感じが出ていれば幸いです。
ジョーダンが当て馬っぽい…orz

08.05.23