41.好き

そよ風の吹く、穏やかな土曜の昼下がり。
青々とした芝生の触り心地を楽しみながら、は空を見上げていた。
宿題を山ほど頂いたというのに、全くもってやる気が出ない。それもこれもこの珍しい青空だからだろう、と思う。
遠い所から楽しげな声がして、皆も久しぶりの日光を楽しんでいるのだろうか。
ホグワーツの庭にはなだらかな丘があって、そこはのお気に入りだった。
「やっぱり、癒される…」
くたりとうつ伏せになると、土の香りがかすかにしたが、なぜが苦痛にならなかった。
なんて、気持ちの良い日なのだろう。――――だというのに。
「リドルさーん、こんな日にわざわざ本ですか」
むくりと顔をあげたは、木陰で読書にふけっている少年を見遣った。
艶やかな黒髪は5月の風にさらりと揺れ、ふせる目元と結んだ口元はまるで造形物の様で、気を抜くとページをめくる指の動作すら見惚れてしまう。
もっとこの日差しを楽しめば良いのに、と、仰向きに直った後で、ふと考えた。
(まるでリドルが淑女で私が少年みたい)
起き上がったは髪に付いた芝生を取りながら、もう一度空を見上げてため息をついた。
リドルは一度本を読み始めると中々こちらの声に答えてくれない。
とは言っても、彼女以外から声を掛けらればすぐに反応するので、わざとなのかそれとも気を使わなくて良い相手だと思われているのか未だに分からなかったりする。
いい加減飽きてどこかに行こうとするとすぐに制されるし、彼の言動は何て俺様人間なのだろうといつも思うが、結局は許してしまうのは何故なのだろう。
心のどこかで、全てにおいて壁をはっている少年の、少しでも安心して素を見せられる息抜き場であれば良い―――
(とは思ってみたものの、どんだけMなのよ私は)
自分の人生において絶対にプラスにならない事に時間を費やしてしまった気がする。なんて勿体無い、そう頭(かぶり)をふってみたものの。
ひとつだけ分かることは、彼の事が、好きなのだ。悔しすぎて腹が立つけれど。
小鳥が3羽、飛んでいく。小気味良い鳴き声が耳につたわり、はゆるゆると息を吐いた。
そこで、ふと、振り返る。
「――――リドル?」
振り返ると、彼は先ほどと同じ姿でいた。
けれども、何かが違う気がして、ゆっくりと近づく。
下からそっと見上げて、はふっと微笑んだ。ページの端を持つ彼の指は止まったまま動かない。
(寝てる…あのリドルが寝てるよ)
いつもは見られない彼の姿はやっぱり非などない程綺麗で、あの性格さえ直ったら凄い人なんじゃないかと心のなかで一人ごちた。
隣に寄って、同じ方向に足を投げ出してみる。上を見上げると茂った葉の隙間からきらきらと光が差して思わず手を伸ばしてみた。
日差しが恋しくて寝転がっていた先程より、隣に彼が居る今の方が居心地が良くなってしまった自分が憎たらしい。
なんと言うか、リドルには始終してやられてばかりだ。
「いつか言い負かしてみたいなあ…」
思わず口にして、はっと隣を見たが一向に動く気配はない。
隣で寝ている彼は、妙な大人っぽさも闇の部分も見当たらない、普通の少年。
はくるりと彼の方を向いて、地面に両手をついて彼に近づく。
いつも調子を狂わされてばかりで、負けっぱなし―――この位、したって。
動かない彼の頬に唇が触れると、すぐにぺたんと地面に腰をつけて距離を置いた。
そして何事も無かったかのように前を向こうとすると、同時にリドルの目がぱちりと開く。
「場所が違うよ。ずれてる」
待ってましたとばかりにこちらを向いては、口元をきゅっと吊り上げるので、こいつはどうやら狸寝入りをしていたらしい。
びくりと肩を震わせたは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらあわあわと後ずさるが、彼の腕が伸びて手首をしっかり掴まれてしまう。
が寝てる時、僕はちゃんと唇にキスをするのに…それは酷くないかい?」
「そ、そんな事してたの!? 寝込みを襲うなんて最低っ!」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ。―――で、?」
うっ…、と言葉を詰まらせたを近くに引き寄せて、彼はそれはもう嬉しそうに微笑んだ。



(2009.8.27 藤原)