「ねえ・・・あなたにとって、私は何だったの?ただの、遊ぶための女だったの?」

 

 私は彼に問いかけた。どうせなら、イエスと言われても良かった。そう言われるぐらいなら、自分は苦しくても潔く彼を諦めることができたから。だけど、彼は何も言わず、ただ黙り続けた。お願い。何か言ってほしいの。私は沈黙が怖いの。反応されないことが怖いの。答えをもらえないことが怖いの。冴えない、存在感がない、お金もない、顔も飛び切り可愛いわけでもない、いてもいなくても一緒の透明人間のような私に笑顔をくれたのは、泣くことを教えてくれたのは、光を見せてくれたのは、あなたでしょう?ねえ。あなたが私に初めて声をかけてくれた時、あなたはどんな思いだったの?女の子を口説いて遊んでいるような気分だったの?私の絵を覗き込んで言った、まっすぐな言葉は全部、嘘だったの??

 

「・・・もういいわ」

 

 さようなら。私が見てきたシリウス・ブラックはただの偶像だったのね。あなたが見ていた私は一人の人間ではなく、冴えない女を自分色に染めて、周りに「俺がコイツを変えてやったんだ。センスあるだろ?」って自慢するための道具だったのね。私、あなたに出会えて否定されることも、肯定されることも覚えたような気がした。それだけの存在感は勝ち得たような気がした。だけど、それは全部嘘だった。私は、あなたが造ったイミテーションパール――・・・

 

「待て!」

 

 誰かが強く私の腕を握った。誰だかわかっている。もう離して。私がどんな思いで絵を描き続けていたのか、あなたは知っているの?私は肯定どころか、否定もされないほど寂しい人間で、いてもいなくても同じのような存在だった。無理もないけど。私はお金がないから大した服も買えないし、性格だってあなたのように社交的なわけじゃない。そんな私といたって、誰も楽しくなんかないでしょう?だから、友達は今まで一人もいなかった。学校の成績だって、頑張っても中より少し上だってだけで、先生が評価するのはトップクラスの生徒だけ。あなたのようなね。だから、私は生きている意味もないと思っていたし、ホグワーツを卒業したと同時に自殺しようとまで思っていた。だけど、ただ何も残さず死ぬのは死んだ母にも、どんなに売れなくても毎日絵を描き続けている父に対しても無責任だと思った。だから、絵を描いたの。せめて、誰か一人でも「コイツの絵はヘタだな」と思ってくれるでしょう?それが、私の存在した証になると思ったから。誰かに、気づいてほしかったから――・・・

 

「離して!」

「・・・こっちを向いてくれよ!話を聞いてほしいんだ!」

 

 今更何が言いたいの?私はさっき二択を迫ったじゃない!簡単だったじゃない!イエスかノー、ただそれだけで終わる質問だったじゃない!それすら答えられなかったあなたに、何が言えるの?そう思いながらも振り返ってしまう私。嫌になるわ。まだ、彼のことが好きなのね。まだ、彼に何かを望んでいるのね。

 

「たしかに、最初はそうだった。ホグワーツ一冴えない女をホグワーツ一の素敵女子に変身させるとかいう企画に、お前を使おうとした。でも――・・・」

「でも何なの?!あなたのお望みは叶ったわ!私はあなたのおかげで週に一回は必ず告白され、毎日ラブレターが届くような女子になった!十分じゃない!」

「十分なんかじゃない!それで、俺はお前を傷つけたんだ!十分なんかじゃ・・・」

「傷ついてはいないわ。失望はしたけどね」

 

 本当は傷ついていた。だから、笑えるような状態じゃなかった。だけど、微笑んだ。傷ついているなんて思われたくなかったから――・・・

 

「じゃあ、お前はこんなことを言ったらもっと笑うだろうな」

 

 笑う?これが現に笑える状況?表向きは笑ってるけど。彼、混乱して頭の螺旋が狂ったのかしら?

 

「お前が好きだ」

 

 たしかにお笑いね。こんな状況にそんなことを言うなんて、実にシュールで滑稽。浮気したことがばれて、「お前が一番好きなんだ」と繋ぎとめるその場しのぎの男みたい。プレイボーイーの見る影もない。哀れ。本当に笑えてくる。なのに、私の頬に伝うのは涙。ああ、私の頭の螺旋も狂ったんだわ。悲しいことを知りすぎて。見られたくなくて、顔をそむける。

 

「たしかに出汁には使った。だけど、お前の傍にいて、わかるんだ。お前が変わったのは、外見だけじゃない。中身だって変わった」

 

 シリウス。私は何一つ変わってなんていないわ。前と一緒よ。寂しい女よ。

 

「・・・私は何も変わってないわ」

「変わった。俺が初めてお前に会った時、お前の目は死んだ魚のようだった。何を言っても『別に』とか、『どうでもいい』って無気力なことしか言わなかった。絵だってそうだ。お前はたしかにうまかったし、ありのままの真実を描いていた。だけど、あの中に自分がいたことは一度でもあったか??」

 

 たしかに、あの時は変われるって思えた。自分だってやればできるって、そんな風に思えた。そんな風に思わせてくれたあなたに、私は本当に感謝してたのよ。大好きだったのよ――・・・

 

「お前の傍にいて、俺はいつの間にか企画のためじゃなくて、お前の目が一度でも輝いているところが見たくなったんだ。それが俺の望みになってた。お前が外見的に可愛くなって、男にモテることなんか、どうでも良くなったんだ」

 

 彼の私の腕を握る力が弱くなった。私は困惑した。

 

「・・・言いたいことは全部言った。逃げたいなら、手を振り払えよ。俺からは・・・離せない」

 

 思い返せば、私は彼が変わってほしいと願ったから変わったのだろうか?違った。彼はあくまできっかけだった。彼は私にドレスを買ってくれたけど、それでも変わりたいと願ったのは私だった。現に化粧の仕方を周囲の女の子のクチコミを盗み聞きして身につけたのも、誕生にプレゼントに父に無理を言ってシニョンを買ってもらったのも、髪を切ったのも、私だった。彼と一緒にいることで、彼に自分を見てほしいと思ったのも全部私。他の女の子達のように彼の甘い作り笑顔に騙されて好きになったわけじゃない。ただ、どんな形であれ、私に関わってくれた、私に笑顔を教えてくれた、泣くということがどういうことかを教えてくれた彼のことが知らず知らずのうちに好きになっていた。それは、紛れもない事実。

 

「・・・質問があるの。私の目は・・・一度でも輝いたの?」

「・・・ああ。今も輝いてる。の目は生きてる」

 

 その言葉だけで十分だった。私は、彼の手を振り払うと彼を抱きしめた。彼は少し困惑しているようだった。私が取った行動が、シリウスの示した二択のどちらとも違ったからだろう。

 

「・・・?」

「私、どうかしてたわ。人の心がイエスとノーに分けられるわけがないの。私は、誰にも存在していることを認めてもらえたことがなかった。だから、反応してもらえるなら、イエスでもノーでも良いって、そう思ってたの。だけど、あなたに出会えて、私は今まで抱いたこともないような感情にめぐり会えたのよ」

「それは?」

「数え切れない。唯一つ言えることは、人を好きになったってことよ。シリウス、あなたをね」

 

 そう言うと、私は彼の唇にキスをした。樫の木のイルミネーションをバックに。抱きしめあって――・・・

 

 

逃げたいなら、手を振り払って。

からは離せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素敵企画サイト「HARRY POTTER DREAM FESTIVAL」様に捧げます。若気の至りにはまっていた時のシリウスと、被害者のはずが、シンデレラガールになったヒロインをイメージして書きました。(映画の「SHE’S ALL THAT」にかなり影響を受けています) by.黒乃ヨウ