「あたたかいココア」





「誰か、スニベリーのパンツを脱がせたい奴はいるか!?」
その場に居た全員が大きな声で囃したてた。魔法で宙吊りにされ、何も抵抗できずにただ悪態をつくだけだ。
「ははっ、あいつなんか言ってるぜ。」
「ジェームズ!やっちまえよ!」
ポッターが僕に杖を向けた――時、何かの呪文でポッターが横にふっ飛んでいくのが見えた。飛んでいったポッターの手から杖が落ちて、僕も地面へ落ちた。
「しっかりしろ!」「大丈夫か!?」という声が遠くでする。
痛い体を何とか起こして、ズボンを脱がされた下半身をローブで隠しながら先程まで本を読んでいた木の傍に座り込んだ。
ポッターのほうへ大股で歩いていく女の子が目に入った。
右手のほうには皆に手を貸してもらって立ち上がるポッターと、長い黒髪の女の子の後ろ姿があった。
僕はすぐに、女の子のほうの不自然さに気付いた。ローブは羽織っているが、中は白いフリルのブラウスと下着が見えるんじゃないかと心配になるくらい短い黒いスカート、太股まである黒いニーハイソックスに厚底の黒い靴。完全に校則違反だ・・・。
「何するんだ、・・・お前!!!」ブラックが叫んだ。取り巻きも女の子を睨みつける。
「何の呪文を使ったんだよぉ!」今度はぺティグリューだ。
「失神呪文よ。」
女の子の声は、広い庭園でもよく通る声だった。
「そんな呪文を使うなんて、お前、どうかしてるぞ!ジェームズに・・・」
「人を宙吊りにしてる貴方たちの言えることではないんじゃないの?」
取り巻きたちが小声で何かささやき始めた。こいつ知ってる、あいつだと言う声がかすかに聴こえた。
ポッターがふらふらしながら、焦点の合わない目で女の子を見ると「やるね・・・君・・・」と呟いた。
「そのアホ面には隙しかないわよ、ポッター。」
女の子が僕のほうへ歩いてきた。歩くたびにひらひら揺れるスカートから目をそらした。ぐいっと手を引かれて立ち上がった。ブラックがこちらを睨みつけ、ぺティグリューが怯えた目で見ている。
「・・・こんなことしてて、生きてて恥ずかしくないの?」
取り巻きの一人が何か言おうとした瞬間、女の子は杖を取り出した。









頬にガーゼを当てた少年に制服のズボンを差し出した。
受け取ると後ろを向いて忙しくズボンを履き始めた。ローブからちらちらと見える足を意味もなく見つめていた。ズボンを履き終わると少年、セブルス・スネイプは立ち去ろうとした。が、私は素早くローブの裾を踏みつけ、転ばせた。
「いつも、くやしくないの?」
彼が私の前に無言で立った。
「スネイプ君。」
名前で呼んでも、無反応。
「・・・・・・なんで僕の名前を知ってるんだ。」
あ、やっと喋った。
「組み分けの時に名前と顔は覚えてたから。」
私はテーブルにあったココアを差し出した。
「甘さ控えめだから飲んで頂戴。」
セブルスは受け取ると、椅子に座って一口飲んだ。私もすぐ隣にある椅子に座って、マグカップの中身を覗いている彼の顔を見た。
「貴方も私もスリザリン。仲良くしましょ。」
ここで、セブルスが初めて私の顔を見た。切れ長の黒い瞳と私の緑色の瞳が合った。にこりと微笑むと彼はまたココアと一口飲んだ。
よ。よろしくね、セブルス・・・でいい?」
「・・・ああ。」
保健室のドアが大きな音を立てて開き、怪我人が運ばれてきた。さっき見た顔、ジェームズ・ポッターと取り巻き数人だ。
「逃げよ。」
私はココアを飲んでいるセブルスの手を掴むと一目散に保健室から飛び出した。皆、怪我人のほうに気を取られて急ぎ足で出て行く生徒のことなんか気にもしなかった。「忘却術まで使われている」「目撃者も忘却術を・・・」という声がした。
走っているときにセブルスの「熱い!零れる!」という声もしたけど無視して談話室まで走り抜けた。






グリフィンドールの生徒が何者かに襲撃されたため、授業は一時休講になった。生徒は各自部屋に戻っていった。
ただ、僕はその「生徒を襲撃した犯人」と談話室で本を読んでいた。
本人が言うには攻撃呪文と忘却呪文を使った、そんなに大したことではないのに・・・と言っているが、ぼくらの年であそこまで使いこなせるのも珍しい。
実を言うと、僕はのことを知っていた。皆知っている。休み時間も談話室に居るときも本を読んでいるということも聞いていた。
腰あたりまで伸びた黒髪と大きな緑色の目は皆の視線の的だった。他の寮での話、だが。
制服のスカートを異様に短くしてニーソックスを履いていた彼女はよく教師から注意を受けていたが、成績優秀なため見逃されることもあった。
同じスリザリンで、授業のときには一人で真面目にノートを取っているのも見ていた。だから彼女が、僕の名前を知っていたとき手に持っていたココアを落としそうになるほど驚いた。
本を読み終わった彼女は僕に声をかけた。
「ねぇセブ、明日から一緒に行動しない?」
文字を読む目が止まり、手に汗がにじんだ。
「私、いつも一人なの。皆邪険にするからつまんなくて。授業とか一緒に受けない?」
ふいに、この子なら大丈夫、今日助けてくれたし―――理由は分からないけど。でもこの子なら信用してもいいかもという考えが浮かび、心を躍らせた。
僕は頷いた。は嬉しそうにありがとう!と言った。

そしてそれから、僕とは一緒に行動するようになった。皆が驚きと好奇の目で見てくるが、気にしないようにしていた。
相変わらず悪戯してくる馬鹿共は居るが、が睨みを利かせると皆近寄らなくなっていった。
2人でいる時間が多くなった。
そして、更にうすうす感づいてたことが明確になった。
には、いやにも、友達はいなかった。
これだけ素敵な性格と容姿をもっているのに何故話せる人もいないのか不思議に思ったが、聞かないようにしていた。









10月31日、ハロウィーン。
大広間で食べて飲んで一通り騒いだあと、生徒達は疲れきって部屋へと戻っていった。
セブルスとは寝巻きに着替えてから談話室へと足を運んだ。
ネグリジェの下にゆったりとしたズボンを履いたセブルスが階段を下りていくと、談話室の大きなソファーに足を組んで座っているが目に入った。はセブルスに気付くと、立ち上がって手招きをした。
ぶかぶかの男性用のシャツからセクシィな足が二本伸びている。あまり目をやらないようにして談話室へと降りた。
はお菓子の袋から飴を取り出してセブルスへ渡した。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
オレンジと紫の渦巻きを描いた飴を口へと運んだ。オレンジとチョコの味が混ざり合って口の中にひろがった。この子と付き合うようになってから甘いものが得意になったな、甘いものは子供っぽいというイメージが薄れたなと思いながら飴をほお張った。

テーブルに目をやると、読み散らかした手紙があった。封筒もペーパーナイフもそのままだ。
「誰からの手紙だ?」
「親。」
答える声が、何故か掠れていた。
「何だって?」
「成績もよくて魅力ある女性へ育ってくれているようで安心したってさ。」
一点を見つめたまま動かない彼女の顔を覗きこんだ。
口に入っていた飴を出して、?と名前を呼んだ・・・


・・・の目から一滴の涙が流れ落ちた。
・・・?」
そして、大粒の涙を流し、声を押し殺して泣き始めた。
「・・・何が、かかれてたんだ?」
涙を流す彼女の目は、悲しさに真っ赤になっていた。必死に泣かないとして唇を噛んでいる彼女は幼い子供のようだった。
セブルスは見てはいけない、と思いつつも手紙の中の一枚を手に取り、黙読した。




「成績もいいし、魅力ある女性に育っているようで安心した。
ここまで優秀なのは、やはりお前の中にわが一族の血が流れているからだ。
私は何故、お前のように素晴らしい子がレイブンクローにならなかったのがか不思議でならない。
スリザリンの悪い連中と付き合ってないか?

冬休みには、おばさんの家に戻りなさい。
おばさんもお前を待っている。
                                   父より」




何回か読んだあと、テーブルの上にそっと戻した。
まだ読んでない手紙はあるが、読む気にはならなかぅた。
「・・・どっちなのよ。」
「え?」
「手紙では自慢の娘だ、愛しているって書いてるけど、なのに、入学してから、一度も家に入れてくれない」
は消えそうな声で呟いた。
「家にある私のものも・・・全部おばさんの家に送られて・・・おばさんは歓迎してくれるけど、心の中ではそんなによくは、思ってない。」
涙をぬぐうと、座ったままセブルスと向き合った。赤い目のまま、話し始めた。

「私の家はね、レイブンクローの血を引いているの。」
「・・・・・・ロウェナ・レイブンクローの?」
は頷いた。
「父も母も、曽祖父も皆レン文クローなの。でも、私がスリザリンになったとたん、家族の皆が態度を変えて、連絡を送っても反応もしなくなった。親戚も皆、私が入学してから一度も会ってないし、家にも帰してもらえない。」
今にも泣き叫びそうな顔をしている。
「あとから知ったんだけど、母方のおばさんは、スリザリンなんだって。」
掠れた声で言った。
「私がスリザリンになったら、お父さんが母方の家系を調べて、実はスリザリンがいて、母は父と結婚するためにそのことを隠していたと知ったら、離婚したわ。」
「・・・お母さんとは会った?」セブルスがたずねた。は頷いて
「再婚してた」と言った。

そして、静寂が流れた。

はすこし落ち着いたらしく、赤と白の渦巻きの飴を食べ始めた。
セブルスは何かの衝動に駆られたように立ち上がると、階段を駆け上がり部屋へと戻った。パタンと扉が閉まる音を聞くと、はテーブルへと視線を向けた。
父からの手紙――――を手にとると、暖炉へと足早に向かい、暖炉の火めがけて手紙を投げ込んだ。
パチパチ・・・と燃える音と焦げる臭いがし、手紙が火に包まれる見えなくなると、臭いも消えていった。
揺らめく炎を見つめていると、上のほうで扉が開き、閉まる音、階段をゆっくりと下りてくる音が聞こえた。
足音が近づくと、何メートルか後ろで止まった。が振り向いた。
湯気のたちあがるマグカップを持ったセブルスが立っていた。
ズボンの裾に何か零したようなシミがある。
「・・・ココア、飲むか。」
セブルスが恥ずかしそうにマグカップに入った、出来立てのあたたかいココアを差し出した。
歩み寄り受け取ったは、一口飲んだ。
「おいしいわ。」
「それはよかった。砂糖を大量に入れたんだか味は?」
「最高よ。」
泣いて赤い目をしたが、にこりと笑った。
「泣いてるよりも、笑っているほうがいいぞ。」
セブルスが優しそうな顔をして笑った。初めて見る笑顔だった。
「ありがとう。」



きっとまだ、家には帰れないのだろう。
父にも母にも、会えないのだろう。
それでも、私には何か、愛するものが見つかった気がする。