あれから、十数年が過ぎた。 私は卒業後、念願の家の当主になった。 私がホグワーツ在学中に亡くなった祖父は、現在の家を見て何を思うだろうか。 さぞかし悔しがる事だろう。 それから数年後、父が病死した。 彼の後を追うように、母も亡くなった。 そして、私の家族は一人になってしまった。 私の大事な、護るべき大切な愛しい息子。 「レーン、卒業おめでとう」 「うん。ありがとう、母さん」 息子のレーンは立派に育ってくれた。 父親がいなくて、彼には苦労ばかりかけてしまった。 しかし、そんなレーンにも喜ばしいことが起きたのだ。 「母さん、この子はステラ・ダスティン。俺の恋人で…………結婚しようと思ってるんだ」 「あら…………素敵っ。アンタもやるわねぇ、こんな可愛い子ゲットしちゃって!! ステラちゃん……貴方、モテてたでしょ?」 突然の事で驚いたけど、母親としてはこれ以上嬉しい事はない。 紹介された女の子は、とても可愛らしい風貌だった。 照れて頬を染めているところなんか、私好みの可愛さ!! ぐっじょぶ、我が息子よっ!! 「えっ、あ、いえ、あのっ、そんな…………」 「かーわーいーいー♪レーン、お母さんはステラちゃんなら大歓迎よっ!!」 「か、母さん……」 呆れたように苦笑する息子を見て、やはり親子なんだなと思った。 レーンが成長するにつれて、表情が“彼”とよく似てきた。 生まれたときは私似だと思っていたのに、男の子の成長はわからないわ。 レーンには“彼”の紅い瞳は遺伝しなかった。 代わりに、私と同じ家特有の青い瞳が遺伝した。 跡取りとして、申し分ない。 家は、私の代で大幅に変わった。 純血主義はなくなり、仕来りも徐々に変わり始めている。 あとは、息子達に任せようと思う。 私は…………約束を護らなくてはならないから。 レーンとステラの婚儀を終えてから、その流れで息子に当主を継がせようと考えている。 人はいつ死ぬかわからないから、早くしないと。 「 ステラ 」 「え?……あ、はい!!」 「息子を……レーンを宜しくお願いしますね」 どうか、あの子を支えてあげて。 貴方なら、きっとレーンの全てを愛してくれると思うから。 どんな事があっても、信じてあげて。 「…………はい、お母さま」 私の思いが届いたのか、彼女は先程の照れた表情とは打って変わって、真剣な面持ちで頷いてくれた。 私は、とても幸せ者ね。 優しい息子に、頼もしい嫁。 もう…………家は大丈夫ね…………。 + + + + + + 『レーン、ステラへ ご結婚おめでとう。 ……って、改めて言うとなんだか恥ずかしいわね。 この手紙を読んでいるという事は、私はもう家から消えた後なのでしょう。 レーン。 貴方には最初から最後まで苦労をかけっぱなしで申し訳ないけど、私には何よりも愛している人がいるのです。 勝手な母親でごめんなさい、レーン。 これから苦労をかけるようでごめんなさい、ステラ。 許してくれとは言わない。 わかってくれとも言わない。 ただ、探さないで下さい。 母はもう、死んだと考えてくれて構いません。 当主の仕事、大変ですが二人で力を合わせて頑張ってください。 一人では辛くても、二人ならきっと大丈夫。 では、ご健康に気をつけて。 』 「久しぶり、リドル。……否、今はヴォルデモート卿か」 「…………!?」 驚きに紅い瞳を見開き、目の前の男は私の名を呼んだ。 そりゃ、驚くわよね。 十数年も前に別れた女が、今更自分の目の前に現れるんだから。 しかも、隠れ家に。 家の元当主をなめないで欲しいわ。 「随分と頑張ってるみたいじゃない。魔法省がこの間、私に助けを請うて来たわ。 ま、追い返してやったケド」 好きじゃないのよねぇ、魔法省の連中。 力が無いくせに粋がっちゃって。 「…………俺を、殺しにきたのか」 「……………………はぁ」 なに言ってんのかしら、この人。 被害妄想が激しいんじゃない? 呆れて溜息を吐く私に、彼は訝しげに眉を顰めた。 「そんな訳ないでしょ、貴方に会いに来たのよ」 私がそう言った次の瞬間、彼―ヴォルデモート―は私を力強く抱き締めた。 彼の腕の中は十数年前と変わらずに、酷く心地良かった。 そう、思わず涙腺が緩んでしまうくらい。 「もう、二度と離さないかもしれないよ、」 「……そう、それは奇遇ね。私も貴方を、二度と離せそうにないもの。 それに、約束したでしょ?」 「…………約束?」 彼はその宝石のような紅い瞳に私を映し出し、不思議そうに首を傾げた。 なんだかその姿が妙に可愛くて、思わず笑みが零れる。 嗚呼、胸に暖かいものが広がってゆく……。 「ええ、いつだったか貴方は言ったわ。 “、僕と結婚を前提に付き合って。そして、僕を世界一の幸せな男にしてちょーだい”とね」 不敵に笑えば、彼は一瞬だけ紅い瞳を見開いたが、直ぐに優しげに緩められた。 君にはやられたよ、とヴォルデモーとは私の耳元で囁く。 それが少し擽ったくて、私は朱に染まった頬を隠すように彼の胸元に顔を埋めた。 「ずっと、君が忘れられなかった。君だけしか、“僕”は愛せなかったんだ」 それは私もよ、と顔を上げて呟けば、彼は嬉しそうに綺麗に笑った。 そして、ゆっくりと彼の顔が近づいてくる。 私はそれを、目を閉じて受けた。 重なった唇は、少しばかり冷たくて。 これから先の、私達の未来を暗示させた。 だけど、それでも構わないと思う。 私はずっと、こうなる事を望んでいたのだから。 愛するこの人と共に生きられるなら。 選んだ未来に添い遂げられるなら。 「ねぇ、君の息子の事はいいのかい?」 「あら、私に息子がいること知っていたのね。…………妬いた?」 我ながら意地の悪い質問だと思う。 だけど、聞いてみたかった。 彼が少しでも嫉妬してくれたのか。 「あ、え、いや、それは……」 口籠る彼を見て、私の中で愛しさが溢れ出した。 「息子……レーンの写真は見たことある?」 「え?いや……見たこと無いが……」 彼の答えを聞いて、私は羽織っていたコートのポケットから一枚の写真を取り出した。 それを、彼に静かに手渡す。 写真を見た彼は、大きく目を見開いた。 その紅い瞳は、驚愕で彩られている。 「ね、誰かに似ていると思わない?」 写真には愛しい我が息子と、その隣には彼の可愛らしい新妻がいた。 仲睦まじく写っている、息子夫婦。 それは私が持ってきた、たった一つの家族の想い出。 「…………まさか」 「ごめんなさい、黙っていて。でも……そっくりでしょう?」 写真から私へと目を向けた彼の瞳は、色々な感情が混ざってとても不思議な色をしていた。 唯一はっきりとわかった感情は、 ねぇ、私はこの生を貴方と生きていきたい。 この体が朽ち果てる、その時まで。 貴方は私のこの願い、聞いてくれるかな…………? 「 もちろんだよ、 」 耳元で囁かれた、愛しい言葉。 そして、また朝が訪れる。 繰り返される日常は、未来への路。 ――今、大きな産声があがった。 |